年に何百人単位で合格する試験において、生まれながらの秀才・天才たちしか合格しなかったとしたら、日本は「天才大国」になってしまいます。ですから、合格者枠の中に、まれにIQが200くらいの人がいたとしても、そういう人は特別な例外だと思って気にしないようにしましょう。「その他大勢」で合格したところで、何の問題もないのです。受験は「王道」を行った者が勝つのです。奇抜な戦略はやめましょう。どうしても実力を伸ばしたければ、倹約は禁物。ただし、同じ王道を歩んでいても、1〜2週間くらい観察すれば、「合格するタイプの人」と「不合格になるタイプの人」を、だいたい区別できる自信が私にはあります。その判断基準は、「目先のことに対してケチな人」は不合格になるタイプだというものです。「ケチ」という言い方が乱暴であれば、「倹約家」と表現してもいいでしょう。
次に知識問題の教材について考えますが、これも学習目的によって異なります。知識問題の学習目的を「単純作業に耐える忍耐力をつけること」と考えるなら、教材はなんでもかまいません。どんな題材を使っても忍耐力は修練できます。知識問題の学習目的を「課題文中の読めない漢字、意味不明語句を減らすこと」と考えるなら、使用教材は文章読解問題の課題文になります。しかし受験生は現実問題として、「テストで得点すること」にこだわらざるを得ません。そこで現実的な話をします。結論からいえば塾の配布教材がもっとも安全確実な知識教材で、それも大規模塾の教材(多くの受験生か利用する多数派の教材)ほど安心できます。ただし、大多数の塾では大規模塾の教材を使っていますし、オリジナルテキストと称する教材も多くは塾教材会社の既製品ですから心配無用です。国語の知識問題は非常に出題が安定している分野で、二〇年〜三〇年経っても出題はほとんど変化しません。つまり出題範囲はすでに確定しているのです。
人によっては、入門書はレベルが低いからとばかにしたり、「いい年をして」と恥ずかしがったりしますが、それは賢明ではありません。実際、レベルが高い本は、基本的に入門書のバリエーションともいえます。また、レベルが高い勉強に到達したときでも、できる人がわかるように書いた入門書は、多くのヒントを与えてくれることが少なくないのです。次に、内容を二度読むとか、復習することです。一度習ってわかったと思っても、再読や復習を欠かしてはなりません。同時に用語帳(語学なら単語帳)やカードをつくります。形式はありませんが、わかるため、覚えるための道具は、できれば手づくりがいいでしょう。手づくりなら、ノートやメモをつくるときの皮膚感覚が残っていて、記憶の助けになるからです。皮膚感覚を軽く見てはいけません。言葉や単語は、不思議なことに皮膚感覚があるほうが記憶に残りやすいものなのです。このように、理解と復習の二点に気をつけるだけでも、相当頭に残るレベルは高まるはずです。